2009年12月25日
あなたはどんな生活を望んでいますか?
あなたは どんな 生活を 望んでいますか?
何ヶ月か前に受講した 整理収納講座で聞かれたこと。
どんな暮らしをしたいのか?
どのようにありたいのか?
今まで、そんなこと 全く考えずに
日々の生活に追われて 毎日を 過ごしてきた自分に
そう問いかけられたことで
改めて 気づかされました。
身内の不幸が続き
自分はこのままではいけない
死はすぐ目の前に存在するもの
だから・・・何か・・・・
と 感じるものはあったのですが、
その問いかけを投げかけられた時に
こうありたい自分を考えること
それを考えることが大切なのではないか?
ということ。
自分はどうありたいのか?
今のままではいけない。
それは分かっている。
じゃあ なにをどうすれば?
日々の生活の中で、
人のちょっとした言動で左右され、一喜一憂してしまう自分。
他人の目を意識しすぎる自分。
ふがわるいことはしたらいかんと
子供にもそんな価値観を植え付けてしまった。
自分の感情を素直に出せれば、もっと、うまく、やっていけたのかしらん。
穴を開けたらといわれても
長い間の習慣やしがらみは、一度に、開けてしまうことは難しい。
それでも、このままではいけない。
立ち止まったままでは 何も変わらない。
自分の後に残る者たちに、自分の生き方や考え方を見せておけるように。
自分の母がそうであったように。
母は、何もしゃべらず、あっという間に逝ってしまったけれど、
小さい頃の母親の記憶、大きくなってからの記憶。
今でも 母の手の感触を思い出す。
そんな心に残っている記憶は、自分の支え。
ぼくのまえに道はない
ぼくのうしろに道はできる
高村光太郎の言葉を思い出す。
昨日の、イチローの言葉
目的をもって成し遂げようとする過程が大切
言い方は違えども
通ずるものが。
これから、自分が思い描く未来。
わたしの前には道はない。
情緒不安定な毎日だけれども
ちょとしたことで、落ち込んで やるせなくなって
誰かに助けを求めたい時もある。
だけど、
少しずつ
少しずつ
わたしの後ろに
子供たちの支えになるような
他の誰かの指針となるような
確かな道ができれば
いいと
そんな風に思う。