2010年04月01日
今日から4月
病院帰りに、信号で止まった車の中から、
ガラス越しに紺のスーツを着た集団が歩いているのを見て
今日から4月だったんだなと、気がついたのでしたが、
自分も何十年前にはあんなふうに新入社員をしていたこともあったのだなあ
と懐かしく思い出してしまいました。
東京で二週間研修して、その後、大阪で。
地下鉄が数分毎にくるのにも、すっごい人にもびっくりで、
それでも、新しいことばかりで・・・。
ほんと、懐かしい。
あのまま、会社で仕事を続けていたならば、
どんな人生を送っていたのだろう。
人生は選択だらけで、
いつも、一つの道を決めたはずなのに
やっぱり、別の道にしとけばよかった
とか、
後悔すること多々で。
今の自分は、今までの選択の結果、ここに存在するわけで、
これから先のことは、
やはり、自分で考えなければならないわけで、
今まで、人の言いなりで過ごしてきた結果、今の状態になったわけで、
いや、人の言いなりで過ごしてきたというのも、自分の選択であったわけで、
それを言い訳にはできないのであって、
だけど、昔の家長制度を考えるならば、それは、当然のことで、
それをおかしいと思うこと事態、余計なことで、
だけど、おかしいと思うようになると、
ますます、今の状況からの脱却を考えつづけ
だけど、がんじがらめのしがらみがどうしようもないと思う時もあって
だけど、また、別の世界へ行ったとしても、
そこでの生活が自分の求めるものであるとは限らないわけで
そんなことを考え始めると
頭の中がすうっと暗闇の中に吸い込まれそうな気分になって。
昔読んだ 星の時計のLiddell 内田善美作
を思い出す。
その中で、ヒューという人物はこう言う。
僕はね 何者でもない
そのことがね けっこう気に入っている
詩人でもない 画家でもない 音楽家でもない
たとえばさ そういうことがけっこう気に入っている
画家だったら描かなければならない
詩人だったら言葉が溢れてしまうだろ
音楽家は感情の一ひだも葉っぱの一枚さえも音に変えてしまうんだ
そういうミューズたちを必要としないってこと
僕はけっこう気に入っている
風は風のままに
季節は季節のままに
想いは想いのままに
何に変わる必要も無い
何に語る必要もない
そして、そういう彼は
淡々と幸福で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内容はちょっと一言で説明できないけれど、
この内田善美さんの絵と内容はずっと好きだった。
昔を思い出しついでに、
とある場所で懐かしいBGMを聞いたので探してみたらありました。
Kajagoogoo ・・カジャグーグー の Too Shy
中学の友達の影響で、カルチャークラブやシンディローパーなんか
聞くようになって、ちょっと昔のものを探して、LPを聞こうにもなかなかで、
そんな時、ユーチューブで探せば、すぐ、見つかるという、便利な時代ですね。
自然体の自分でいたい
あるがままの自分でいたい
それは、わがままかもしれない
すべきことをした上で
この前の新聞記事のように
型を知った上で崩すのが型破り
だから、
世の中のたてりを知った上で自分らしく自分の思うことを
というのが一番いいのかもしれない
はっきりとした目的、行き先が分かっていて
それに向かって進んでいくのであれば、こんなにも迷いがないのだろうけど、
自分がどうしたいのか
これから先どのようなことを望んでいるのか
答えが、はっきりとあれば
どんなにいいかと思う。
今月の言葉

ものすご~とは言うけれど、ものっそなんて言葉、私は使ったことない。
ものっそ と 言う人もいるのだなあと思いながら
だけど、こんな風な曲線、流れるような、迷いのない線を見るのは好き。
迷いの多い自分には、こんな、すっとした線はきっと書けない。
迷うということは、欲張りなのかもしれない。
あれもこれもと欲張りすぎなのかも。
整理収納で言うように捨てることからはじめなければ
全部捨ててしまえればどんなに楽かなと思う
捨てて捨てて身も心も軽やかにというのがいいかも
なんだか訳分からなくなってきましたが
ブログ書いたん?
と聞いてきた君へ
母もいろいろ考えている最中だから
君もいろいろ考えて自分で行動していかなけりゃね。
だけど、答えが無いから難しいね。
ときどきは、コメント残してね。
ガラス越しに紺のスーツを着た集団が歩いているのを見て
今日から4月だったんだなと、気がついたのでしたが、
自分も何十年前にはあんなふうに新入社員をしていたこともあったのだなあ
と懐かしく思い出してしまいました。
東京で二週間研修して、その後、大阪で。
地下鉄が数分毎にくるのにも、すっごい人にもびっくりで、
それでも、新しいことばかりで・・・。
ほんと、懐かしい。
あのまま、会社で仕事を続けていたならば、
どんな人生を送っていたのだろう。
人生は選択だらけで、
いつも、一つの道を決めたはずなのに
やっぱり、別の道にしとけばよかった
とか、
後悔すること多々で。
今の自分は、今までの選択の結果、ここに存在するわけで、
これから先のことは、
やはり、自分で考えなければならないわけで、
今まで、人の言いなりで過ごしてきた結果、今の状態になったわけで、
いや、人の言いなりで過ごしてきたというのも、自分の選択であったわけで、
それを言い訳にはできないのであって、
だけど、昔の家長制度を考えるならば、それは、当然のことで、
それをおかしいと思うこと事態、余計なことで、
だけど、おかしいと思うようになると、
ますます、今の状況からの脱却を考えつづけ
だけど、がんじがらめのしがらみがどうしようもないと思う時もあって
だけど、また、別の世界へ行ったとしても、
そこでの生活が自分の求めるものであるとは限らないわけで
そんなことを考え始めると
頭の中がすうっと暗闇の中に吸い込まれそうな気分になって。
昔読んだ 星の時計のLiddell 内田善美作
を思い出す。
その中で、ヒューという人物はこう言う。
僕はね 何者でもない
そのことがね けっこう気に入っている
詩人でもない 画家でもない 音楽家でもない
たとえばさ そういうことがけっこう気に入っている
画家だったら描かなければならない
詩人だったら言葉が溢れてしまうだろ
音楽家は感情の一ひだも葉っぱの一枚さえも音に変えてしまうんだ
そういうミューズたちを必要としないってこと
僕はけっこう気に入っている
風は風のままに
季節は季節のままに
想いは想いのままに
何に変わる必要も無い
何に語る必要もない
そして、そういう彼は
淡々と幸福で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内容はちょっと一言で説明できないけれど、
この内田善美さんの絵と内容はずっと好きだった。
昔を思い出しついでに、
とある場所で懐かしいBGMを聞いたので探してみたらありました。
Kajagoogoo ・・カジャグーグー の Too Shy
中学の友達の影響で、カルチャークラブやシンディローパーなんか
聞くようになって、ちょっと昔のものを探して、LPを聞こうにもなかなかで、
そんな時、ユーチューブで探せば、すぐ、見つかるという、便利な時代ですね。
自然体の自分でいたい
あるがままの自分でいたい
それは、わがままかもしれない
すべきことをした上で
この前の新聞記事のように
型を知った上で崩すのが型破り
だから、
世の中のたてりを知った上で自分らしく自分の思うことを
というのが一番いいのかもしれない
はっきりとした目的、行き先が分かっていて
それに向かって進んでいくのであれば、こんなにも迷いがないのだろうけど、
自分がどうしたいのか
これから先どのようなことを望んでいるのか
答えが、はっきりとあれば
どんなにいいかと思う。
今月の言葉

ものすご~とは言うけれど、ものっそなんて言葉、私は使ったことない。
ものっそ と 言う人もいるのだなあと思いながら
だけど、こんな風な曲線、流れるような、迷いのない線を見るのは好き。
迷いの多い自分には、こんな、すっとした線はきっと書けない。
迷うということは、欲張りなのかもしれない。
あれもこれもと欲張りすぎなのかも。
整理収納で言うように捨てることからはじめなければ
全部捨ててしまえればどんなに楽かなと思う
捨てて捨てて身も心も軽やかにというのがいいかも
なんだか訳分からなくなってきましたが
ブログ書いたん?
と聞いてきた君へ
母もいろいろ考えている最中だから
君もいろいろ考えて自分で行動していかなけりゃね。
だけど、答えが無いから難しいね。
ときどきは、コメント残してね。
私の祖母が言ってました。
懐かしいわ~~
この字のスピード感が、すごく素敵ですね。
「内田善美」さんという名前、
ものっそ懐かしかった。
そうだ~~私も大好きでした。
風景の中に光や、人のことばの中に息づかいがきこえてくるような作品でしたね…
内田善美さん、ご存知だったのですね~。
あと、吉野朔美さんとか、好きでしたよ。