2010年08月14日
蓮の実
実家へお参り

蓮の実・・・茎までレンコンでした。。
泥水の中でレンコンができ、水の上には、花を咲かせ、
蓮の花は、不思議な感じ。
津嶋神社のお参りのとき、JRを降りたところに、蓮の花がたくさん咲いてあったのを思い出します。
一度、母もいっしょにお参りに行きました。
帰りに、万象園で昼食を食べ、園内をまわり、土産物を見て、帰った記憶があります。
時々、思います。
どうして、母に冷たかった父がいて、母がいないのか。
母は、父と離婚したかったけれど、
子供たちにとって、父親がいなければ。。。
との思いで、離婚せず、やってきたと、
数少ない言葉で話すこともありました。
私なら、バイバイしてしまうのになと思うときもあります。
それが、正しくて正しくなかったのかわからないけれど、
それが、母の選択であったこと。
父は避妊に関しては、全然、関心がなく、
また、生活にもゆとりがなかったので、
母は、何度も、病院で子供をおろしたそうです。
私が出来る少し前にも、病院で処置をしたところであったのだけれども、
私に気づいたとき、病院も体がとてもしんどくて、もう、行くことができなかったそうです。
亡くなった兄はそれを知っていて、母のお墓をたてるときも、隣にお地蔵さんを一緒にたてました。
母は、手帳に、産まれることのなかった子供たちに名前を付けて、記していたそうです。
母が管理していた書類等は、いまだにどこにあるかわかりません。
それでも、私にとっては、父は父。
老いていく父をみるたびに、
やるせない思いになるときあります。
対照的に、兄は、恋愛結婚にも関わらず、離婚の憂き目に。
夫婦のことはわかりません。
だけど、娘二人は、母親側について、
兄は、ずっと、会いたがっていたのだけれども、会えず仕舞い。
意識がなくなった後で、病院に来て、泣いても、過ぎてしまった時間は取り戻せない。
以前、姑から聞いたことがあります。
旦那が夜な夜な家に帰ってこないという奥さんに対して、
芸者さんが
うちらは、おいでおいでして、連れてきているんじゃありません。
旦那さんが、好きで、おいでてくれているんです。
そんなにいうなら、家で、心地よく飲ませてあげればええんです。
といったそうな。
姑は、芸者の理やなあ、もっともや、といっておりました。
いろいろと、結婚生活についても、考えてしまいます。
この世は、理不尽なこと、たくさんあります。
それでも、自分は生きて、
ほんとは、こうして、五体満足に生活できていることや
帰る家があり、衣食住 それなりに生活できていることに
感謝しなければならないのに
利己的に、もっともっとと思うことたくさんあります。
自分がこうしたいああしたいと思うのは
わがままなのか
自己中心的なのか
そんなことを考えていると
動けなくなってしまいます。
母の選択次第では、もしかしたら、私は産まれてきていなかったかもしれない。
だけど、母が、産んでくれたおかげで、
今、こうやって、
家族を作り、それなりの生活を送ることが出来ている。
とても、有難く思う。
そして、私は何のためにここにいるのだろうとも思う。
だからこそ、
もう少し、母といろいろなこと話をして、いろいろなところ、出かけて
笑っていたかったと思います。
今朝、たまたま、げげげのNHKのTVがかかっていたのを見ました。
その中で、水木茂のお子さんが
”お父さんは妖怪みたことある?”
と聞きます。
その問いにこう答えます。
”お父さんも、見たことはないんだよ。
だけど、気配は感じたことがある。
・・・・”
と。
人間は見ようとするものしか見ない。
だけど、時には目を閉じて感じることも大切かなあ。。
そうすれば、霊感ゼロの私でも、母の気配とか感じることできるのかしらん。
なんだか、実家へいったあとは、
精神的に疲れてしまいます。。
いろいろと過ぎ去った年月。
これからの年月。
今日は、いろいろと、考えてしまいました。。。

蓮の実・・・茎までレンコンでした。。
泥水の中でレンコンができ、水の上には、花を咲かせ、
蓮の花は、不思議な感じ。
津嶋神社のお参りのとき、JRを降りたところに、蓮の花がたくさん咲いてあったのを思い出します。
一度、母もいっしょにお参りに行きました。
帰りに、万象園で昼食を食べ、園内をまわり、土産物を見て、帰った記憶があります。
時々、思います。
どうして、母に冷たかった父がいて、母がいないのか。
母は、父と離婚したかったけれど、
子供たちにとって、父親がいなければ。。。
との思いで、離婚せず、やってきたと、
数少ない言葉で話すこともありました。
私なら、バイバイしてしまうのになと思うときもあります。
それが、正しくて正しくなかったのかわからないけれど、
それが、母の選択であったこと。
父は避妊に関しては、全然、関心がなく、
また、生活にもゆとりがなかったので、
母は、何度も、病院で子供をおろしたそうです。
私が出来る少し前にも、病院で処置をしたところであったのだけれども、
私に気づいたとき、病院も体がとてもしんどくて、もう、行くことができなかったそうです。
亡くなった兄はそれを知っていて、母のお墓をたてるときも、隣にお地蔵さんを一緒にたてました。
母は、手帳に、産まれることのなかった子供たちに名前を付けて、記していたそうです。
母が管理していた書類等は、いまだにどこにあるかわかりません。
それでも、私にとっては、父は父。
老いていく父をみるたびに、
やるせない思いになるときあります。
対照的に、兄は、恋愛結婚にも関わらず、離婚の憂き目に。
夫婦のことはわかりません。
だけど、娘二人は、母親側について、
兄は、ずっと、会いたがっていたのだけれども、会えず仕舞い。
意識がなくなった後で、病院に来て、泣いても、過ぎてしまった時間は取り戻せない。
以前、姑から聞いたことがあります。
旦那が夜な夜な家に帰ってこないという奥さんに対して、
芸者さんが
うちらは、おいでおいでして、連れてきているんじゃありません。
旦那さんが、好きで、おいでてくれているんです。
そんなにいうなら、家で、心地よく飲ませてあげればええんです。
といったそうな。
姑は、芸者の理やなあ、もっともや、といっておりました。
いろいろと、結婚生活についても、考えてしまいます。
この世は、理不尽なこと、たくさんあります。
それでも、自分は生きて、
ほんとは、こうして、五体満足に生活できていることや
帰る家があり、衣食住 それなりに生活できていることに
感謝しなければならないのに
利己的に、もっともっとと思うことたくさんあります。
自分がこうしたいああしたいと思うのは
わがままなのか
自己中心的なのか
そんなことを考えていると
動けなくなってしまいます。
母の選択次第では、もしかしたら、私は産まれてきていなかったかもしれない。
だけど、母が、産んでくれたおかげで、
今、こうやって、
家族を作り、それなりの生活を送ることが出来ている。
とても、有難く思う。
そして、私は何のためにここにいるのだろうとも思う。
だからこそ、
もう少し、母といろいろなこと話をして、いろいろなところ、出かけて
笑っていたかったと思います。
今朝、たまたま、げげげのNHKのTVがかかっていたのを見ました。
その中で、水木茂のお子さんが
”お父さんは妖怪みたことある?”
と聞きます。
その問いにこう答えます。
”お父さんも、見たことはないんだよ。
だけど、気配は感じたことがある。
・・・・”
と。
人間は見ようとするものしか見ない。
だけど、時には目を閉じて感じることも大切かなあ。。
そうすれば、霊感ゼロの私でも、母の気配とか感じることできるのかしらん。
なんだか、実家へいったあとは、
精神的に疲れてしまいます。。
いろいろと過ぎ去った年月。
これからの年月。
今日は、いろいろと、考えてしまいました。。。